和製オドラデクの生活環

きみの物語は終わった/ところできみはきょう/おやつに何を食べましたか――富岡多恵子「静物」

扉の前で、もの思う子供――吉行理恵の詩的自我

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以下の記事は、2014年の秋に個人的に書いていたものです。
加筆修正のうえこのブログに転載し、公開しようと思います。
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吉行理恵(1939-2006)という詩人がいます。
あの吉行一家の末っ子なのですが、兄・淳之介や姉の和子と比べてずっと控えめで、あまり知られていない印象があります。ぼくがもっとも好きな詩人のひとりです。
今回は『現代詩文庫65 吉行理恵詩集』から、詩集『幻影』所収の「閉められた扉の前で」という作品を中心に、他いくつかの作品もひきつつ読んでゆきたいと思います。
まず、冒頭の連を引用します。
 
  泣き出してしまったら
  なぜか 変な声でした。
 
タイトルに反して、「私」が泣いているのは扉の前ではありません。というのも第3連で
 
  桑畑の蝶を
  つかまえようとして
  私はすりむいてしまった膝を抱えて
 
と書かれているその次の連が、「泣き出してしまったら」から始まる最初の連のリフレインになっているからです。「私」は桑畑で蝶を追いかけて躓き、泣いてしまいました。そして第5連で、詩は終ります。
 
  泣き出してしまったら
  その蝶は また舞い降りていましたけど
 
いつも話の途中で黙り込んでしまう控えめな子供のような調子で、吉行は詩を終えてしまいます。ひとつの作品が完結したという印象は大抵、とても希薄です。
 
「梨の花が揺れたとき」という詩の例を挙げましょう。
やはり5連からなるこの詩のなかで「私」は、「藁のはみでた人形」を背負った「隣の小さな男の子」が梨の木の小枝に腰かけて笑いかけるさまを4連にかけてつぶやきます。「梨の木をのぼっていったのでした」というリフレインによって、詩は形式を与えられるというより、話したいことを持て余しながらどうしても何かひとつ一番強烈な印象に立ち戻ってしまうひとの問わず語りのように提示されることになります。
しかし最後になって、「私」はくぐもった記憶のなかの夢遊病的な散歩からふいにめざめ、とつぜんの思いつきのように、奇妙に冷めた地点から
 
  隣の小さな男の子は
  死ぬつもりだったのでしょう
 
と言い、それきり黙ってしまうのです。
 
それは要するに「余韻」です。ただ「余韻」と言われる大抵のものが「まだ残っている音」の方にばかり注意を引くのに対し、この場合のそれは、彼女が「もう黙ってしまった」という事実を妥協なく証したてる類のものです。実際にはもう何も言われていないのですから、残っている響きはあくまで主観的な私たちの感覚、ともすれば願望、願望による空想でしかないのかもしれません。とても不安定です。
 
唐突な乖離に至るこの作品とは違って、「人形と/喋ります」(「希望」)「妹は/泣いています」(「明け方」)のように、リフレインで詩が終わることもあります。
ここでもやはり、リフレインは形式の明確さよりも思考のうす暗さの症候です。
今度は出口を見つけられないまま、同じ印象に回帰する物思いはゆっくりと疲れ果て、もう何も言わない怠惰のなかにぼんやりと落ちてしまうわけです。
 
とにかく彼女の詩はあてどなくさまよいながら何度も立ち戻り、ふいに飛び、いつも最後には言葉を殺してしまう、静かな物思いであると言えます。一人称のない詩でも、語っている「私」がいつも漂っています。
 
だからあの詩のタイトルである「閉められた扉の前」とはおそらく、思い出しつつ語り、気付いたら黙っている「私」の居場所です。帰るべき場所の前で締め出されて、けれどどこに行くでもなく、彼女はその場所に入ることを許されるまで待っています。
そんな「私」が思い出すのは泣いてしまった自分の「へんな声」です。
たぶん泣き出したとたんに自分の「へんな声」を聴いた彼女は、すぐに恥ずかしくなって、あるいは冷めてしまって、泣くのをやめてしまったでしょう。そしてその声を聴いていたのが自分ひとりであることを、周りを見回しながら確認した彼女はなおのことしらけてしまったに違いありません。そもそも誰もいないのに声を出して泣こうとした自分が恥ずかしくなり、さらに遡って、夢中で蝶を追っていた気持ちさえ遠のいてしまったかもしれません。
戦意を失くした彼女のもとには、蝶は再び舞い降ります。「蝶はまた舞い降りていました」。
「けど」
冷めてしまった彼女は黙ったまま、何もかも忘れてしまったみたいに蹲ったまま蝶をみつめるだけです。
そしてそのときの放心が、閉められた扉の前で物思う彼女の意識と連続しています。
彼女は立ち上がり、その拍子に飛び去ってゆく蝶にも無関心な具合で家路につくでしょう。扉が閉まっていることに気付いても未だ気もそぞろで立ちすくみ、泣き出してしまった時のことをぼんやり思い出すのです。
 

おそらく吉行の多くの詩において、語っているのはいつも同じ、扉の前で放心する「私」です。桑畑の出来事は、吉行のいわゆる「詩的自我」の来歴を明かしているように思われるのです。ときには突然(しかしごく静かに)少年の自殺念慮へと思い至りもする彼女の奇妙な詩は、無我の状態からふいの偶発事によって自意識に引き戻され、冷めてしまったひとの言葉のように、聞こえます。

 
ここにきて、飛ばしていた第2連を読まなければなりません。
 
  私は
  夕焼けのような
  桑の実を食べたのでした
 
この連は明らかに蝶を追いかけて怪我をしたシークエンスとは、ずれています。どうずれているのかもわかりません。桑の実を食べていたときに蝶を見つけたのでしょうか。そう考えるのは簡単ですが、それでは「食べていました」ではなく「食べたのでした」という言い回しのニュアンスがうまく説明されないようにも思われます。
少し乱暴ですがフランス文法の言葉を比喩的に使ってみますと、これは複合過去の文体に紛れ込んだ単純過去の一点、ある決定的な瞬間がモニュメントのように刻まれたものと読むべきです。桑の実を食べたその一点は殆ど永遠のように凍結されて、蝶の発見から扉の前に至る時間軸の外に、その流れを覆うように浮かんでいるのです。
同じようなモニュメントを、再び「梨の木…」から引いておきます。これも第2連です。
 
いちばん綺麗な空の色のリボンを結んで
白い花が揺れるのを
不思議な思いで眺めながら
私は葉ずれに答えました
 
桑の実よりもずっと不穏な瞬間です。揺れているのは男の子が人形を背負う「紐」ではなく白い花であり、私が答えるのは男の子の微笑みではなく葉ずれです。まるで初めから、そこに誰もいなかったかのようです。
 
吉行の詩は遠ざかりつつある記憶の物思いですが、どこにも位置付けられない瞬間の描写がこのようにしばしば、紛れ込みます。
そしておそらく、それは彼女の控えめな嘘、です。
冷めてしまった記憶はいつの間にか空想の中で作り変えられてしまいます。「私」は物思うひとであると同時に夢見るひとであり、もっと詩的な「私」を作り出そうとします。死ぬつもりだった男の子はもう死んでいてそこには誰もいなかったのかもしれない……私がへんな声で泣き出してしまったのは、そうだ桑の実の不意を突くような酸味があまりにも鮮やかだったからなのだ……等々。
 
けれど空想の瞬間はどちらの詩においても前半(第2連)に置かれていて、残る3連が現実を(「閉められた…」の場合には特に冷笑的に)、回帰する印象とともに裏付けてしまいます。「私」は蝶を追って駆け出したまま知らない街に行くこともできず、確かに家に帰ろうとしていました。これが現実の私です。空想は空想でした。帰ろうとして帰れない宙吊りの事実が、そのことを強く証します。だから黙ってしまうのです。
 
吉行の詩において語る「私」はいつもそんな空想の試みと、その諦めの合間にいます(「裸足になってかけだしたまま/戻らなければよかった と/思うこともあるんです」――「靴に釘が刺さっていても……」より)。自分を物語のなかに埋め込もうとしては、現実に引き戻されます。彼女は蝶を追うその度に転んで泣き出し、泣き出した自分の声を恥じて家の前に帰って来ます。それは静かな絶望、詩のなかに生きてしまうことのできない、重い身体を持ったことへの絶望です。彼女の詩がメルヘンのようでそうはならず、靄のかかったようなけだるさと、どんな激烈なことばの発露よりも冷たい厳しさを常に帯びているのは、そういう理由によるのだと思います。
 
最後に「改札口で」という詩をこうした観点から読み直して終わりましょう。
この作品ではもう「私」はさえ空想していません。彼女が語る幻想的なピクニックは空想ではなく、明確に潰えてしまった希望です。電車は確かに行ってしまいました。この詩の露わな痛みは、桑畑の挿話がまとうアイロニーの皮をあっさり剥いてしまいます。
一番好きな作品です。全編、引用します。
 
薄暗い改札口に
私はしゃがんでしまいました
 
なんとなくかさばった
紙袋をかかえこんで
 
どこまでも空は 澄んでて
豆の花の咲き乱れている
子羊のいる場所〔ところ〕へ
私は出かけるつもりでした
 
黄色い服を着ていました
つばの広い帽子をかぶって
 
ふいに 切符の買い方が
わからなくなってしまったから
 
薄暗い改札口に
私はしゃがんでしまいました
 
発車電鈴〔ベル〕の鳴響いてるのを
聞かないわけではなかったけれど……